MAIL ART-NETWORKING ART
最近、MAIL ARTの終焉を感じさせる企画やMAIL ARTの過去の集大成とも言える出版物等を目にする事がよくあります。 MAIL ARTの父 Ray Johnson(USA)が亡くなり、G.A.Cavelini(ITALY),Robin Croziel(ENGLAND),Robert Rehfeldit(GERMANY),G.Deisler(GERMANY),Carlo Pittore(USA)など実に多くのMAIL ARTISTの先人達がこの世を去ったことや、コンピューターのネットワークが普及する今日、郵便物でのお互いの交流が原始的に感じられたり、東西の冷戦も終わり違う世界とのコレスポンデンスの必要性が無くなったからかも知れません。 しかし1985年から始め、2006年6月で652号になる私のBrain Cellの企画には、毎回新しい参加者も加わりほぼ決まった数のMail Artが郵便やFAXで私の元に送られて来ます。私はそれらのドローイング・デザイン・ロゴ・シール・ステッカー等をコラージュして参加者に送り返しています。私はMail Artの終焉どころか、Mail Artが持つNetworkingの役割に大いなる価値を認めています。毎回新しいメンバーが加わる事も大切だが、多種多様な表現方法やコンセプトから受けるNetworkの拡がりや厚みの中で、他のMail Artistの考えに共鳴し送られて来たシールやスタンプを積極的に利用したり、自らの印刷物を通じ彼等の考えを広めたり、又大勢のMail Artist達とコラボレーションをする事でNetworkingの担い手になり得る実感を与えることが出来るのです。

ドップラー効果というものがあります。自分に近づく音は音波と音波の間隔が狭まり高く聞こえ、逆に遠ざかる音は間隔が広まるので低く聞こえるという現象です。身の回りから様々な音が聞こえて来ます。近づく車の音もあれば遠ざかる音もあります。美術も同様の事が言えるのではないかと思います。自分に近づきつつある美術もあれば、自分から遠ざかって行く美術もあるという事です。 私は最近、絵画作品の良し悪しを人に聞かれる事がよくあります。しかし具象絵画の構図がどうか・・色彩がどうか・・技術的に上手か下手か・・等や抽象絵画のバランスがどうか・・リズム感がどうか・・等一般的に絵画作品の優劣を付ける価値基準など、今の私にとってもはやどうでもいいことなのです。即ち視覚的な絵画は私から遠ざかりつつあるのです。個性や独創性そのものが過去の先人達の歴史の積み重ねにほんの少し自分の工夫を付け加えたに過ぎないと思っている今の私にとって、個性や独創性を殊更強調し過ぎた現代の多様な美術作品も私から遠ざかりつつあります。
私は画学生の頃セザンヌの構図やマティスの平面的な画面の明るさに感動し具象絵画を描いていました。その後、具体美術のメンバーとの交流もあり概念の拡がりを現代美術を通じて学びました。 そして今日、Mail ArtのNetworkに参加しています。私にとってそれは全く自然な移行であり何の矛盾も感じていません。広い制作場所や保管場所など必要なく誰もが自由に参加できる、作者同士が直接やりとりする事で従来の美術界の権威を否定できる、これらのMail Artの魅力は20数年前に高い音で私に近づいて来ました。 そして今日、Mail ArtのNetworkingのコンセプトは以前よりもなお一層高い音で私に近づきつつあります。

無限の拡がりを持つMail Art Networkingには少数の固定化されたISMなど存在しません。ポストカード・ゼロックス・コピー・コラージュ・ドローイング・コンピューターグラフィックス・写真・CDなど様々な物がメール・FAX・E-mail等で私達に送られて来ます。私達はその表現方法やコンセプトの多様性に圧倒され無数のISMが混沌と混ざり合っているのを実感します。勿論著作権などもありません。送られて来たメールに共鳴し喜んで彼等の作品に手を加えたり、コラージュ等をして送り返したり、第三者に転送したりもします。それらは時に全く予期せぬコンセプトに変化し私達の元に戻って来ます。

南米のアマゾンでは様々な生物がお互いを支え合いながら熱帯雨林を構成しています。ジャングルを形づくる大木、その大木に寄生するシダやコケ類、枯葉に身を隠す小さな昆虫達、その他多くの哺乳類や鳥達が生息しています。我々は先ずその生物達の多様性に感動します。敵から身を守るために枯葉や小枝に擬態する昆虫、相手を威嚇する為に無数で集まる小さな昆虫達、自分の存在を鮮やかな羽や甲高い鳴き声で主張する鳥達など、実に様々な LIFE FORM があることを彼らは我々に教えてくれます。  固定化されたISMに縛られない自由な精神や、著作権など気にせず伸び伸びと他人の作品に手を加えたり模倣することが可能なMail ArtのNetworkの中で我々は大勢のMail Artist達とのコミュニケーションを通じ様々な体験が出来ます。正に様々な LIFE FORM を体験することが出来るのです。 Networking Artは我々が時に擬態するカマキリに、時に色鮮やかな乱舞する蝶たちになる事を可能にしてくれる美術なのです。

今日、私は大勢のMail Artist達とのコミュニケーションを通じ彼らと断片を共有し又、自らが一つの断片となって個を超えた全く新しい意識で美術を創り出しえる実感を得ています。 アマゾンの生物達が我々に教えてくれる様々な LIFE FORM 、もし望めば我々は様々な LIFE FORM が体験出来ます。 人間だけが複数の LIFE FORM を体験でき、それによって新しい創造の意識を持つことが出来るのです。


JUN. 2006  RYOSUKE COHEN